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デザイナーが語る、幾何柄にしのばせた遊び心

布を学ぶtextileStudy no.32

シャープな幾何柄がモダンでスタイリッシュな[スペクトル]。じっと眺めていると、奥行きのある立方体にも見えてくる“だまし絵”のような不思議な味わいがあります。

デザインを手がけたのは、テキスタイルデザイナーの弘重宣子さん。
フジエテキスタイルとコラボレーションを始めた1990年代から現在まで、魅力あふれる多くの作品を発表してきました。

[スペクトル]のコンセプトは、空間性と3D。
「空間性を感じる立体的な幾何柄デザインを考えてほしいと、フジエテキスタイルから依頼されました。幾何柄といえば、同じ図形をリピートしてつくるもの。でも、3Dとなると、図形をただ並べるだけでは成立しません。どうすれば構築的に表現できるのか、最初は少し悩みました」と話す弘重さん。
着想のきっかけは偶発的に訪れました。パソコンの画面上でさまざまな図形を組み合わせて試行錯誤しているとき、ふと部屋のように見える瞬間があり、それがヒントとなったのです。

試行錯誤の過程 デザインのエスキース
スペクトルの最終デザイン

「見え方が幾通りにも変化し、想像力をかき立てられる⸺これだ、とインスピレーションを感じて図案を描き進め、作図し終えたとき、表現したいものを形にできた手応えがありました」。
デザイナーの本懐は、頭に浮かんだ構想をイメージ通りに表現すること。
達成の瞬間は大きな充足感を得られる一方、「餅は餅屋。あとはお任せ」と次の工程へバトンを渡すような心持ちになると、弘重さんは笑顔で語ります。

「自分はあくまでもデザイナー。プロダクトの完成形を完全に想像することはできません。製造過程で多くのプロフッショナルの手を経て、どのように生まれ変わるのか、毎回ワクワクしながら待っています。完成した[スペクトル]はしっとりとした光沢があり、二枚重ねの風通織による透け感や繊細なモアレ、豊かな陰影など、デジタル画面からは想像できない多彩な表情に満ちていました」。


弘重宣子さん

弘重さんは大学卒業後、日本のテキスタイル界の草分け的存在として名を馳せた粟辻博氏が率いていた「粟辻デザイン室」へ入社。
その後、独立してドイツへ渡り、KINNASAND 社から作品を発表するなど、世界を股にかけて活躍してきました。
その経歴からテキスタイル一筋かと思えば、大学時代に目指していたのは版画作家なのだそう。仕事の幅もテキスタイルだけでなくパッケージや食器、ラッピング、アパレルなど、多岐にわたります。
「どの分野も奥深く、各々培われてきた伝統と集積された知見があります。それらが結集して新たな創造を生み出すような、職人の息吹が吹き込まれたプロダクトに出会うと、いくつになっても胸が高鳴ります」。

フリーハンドの時代からデジタル全盛の現在まで、長くキャリアを重ねてきて今思うのは、日本でももっと自由にテキスタイルを楽しんでほしいということ。
「ドイツでは、気に入った生地でカーテンを自作したり、頻繁に模様替えしたりする家庭が多く、あしらいも自由で個性的でした。テーブルクロスやソファ・クッションカバーなども同様。かしこまらずフランクに親しみ、感性のおもむくままに暮らしを彩る⸺テキスタイルデザインを通じて、そのような文化の醸成に一役買えたらうれしいですね」。



取材協力:弘重宣子さん


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